大判例

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札幌高等裁判所 平成3年(ネ)127号 判決

控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

新庄一郎

〈外一〇名〉

控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)

小樽市

右代表者市長

新谷昌明

右訴訟代理人弁護士

水原清之

右指定代理人

佐藤誠一

〈外一名〉

被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)

大橋段

被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)

大橋達

被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)

大橋静子

右三名訴訟代理人弁護士

大島治一郎

高野国雄

主文

一  控訴人らの本件各控訴を棄却する。

二  本件各附帯控訴に基づき、原判決中控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人らは、各自、被控訴人大橋段に対し三八九四万八一八三円、被控訴人大橋達及び同大橋静子それぞれに対し三〇〇万円並びに右各金員に対する昭和四三年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人らの控訴人らに対するその余の各請求を棄却する。

三  訴訟の総費用はこれを二分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

四  この判決は、第二項1の認容金額の各二分の一の限度において、仮に執行することができる。

事実

一  控訴人国代理人は、「原判決中控訴人国敗訴部分を取り消す。被控訴人らの控訴人国に対する主位的請求及び本件附帯控訴(当審における主位的請求拡張部分を含み、予備的請求に関する訴え部分を除く。)をいずれも棄却する。被控訴人らは、控訴人国に対し、それぞれ、別表(一)の各被控訴人欄中の合計欄記載の各金員及びこれに対する昭和五七年一〇月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人らの控訴人国に対する当審における予備的請求に関する訴えをいずれも却下する(予備的に、右請求をいずれも棄却する。)。訴訟費用は、第一審、差戻前の第二審、上告審及び差戻後の第二審とも、被控訴人らの負担とする。」との判決並びに右金員支払請求部分につき仮執行宣言を求め、仮に、被控訴人らの請求が認容され仮執行宣言が付されるときは、担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。

控訴人小樽市代理人は、「原判決中控訴人小樽市敗訴部分を取り消す。被控訴人らの控訴人小樽市に対する請求及び本件附帯控訴(当審における請求拡張部分を含む。)をいずれも棄却する。訴訟費用は、第一審、差戻前の第二審、上告審及び差戻後の第二審とも、被控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

被控訴人ら代理人は、控訴人国に対する主位的請求及び控訴人小樽市に対する請求につき「控訴人らの本件各控訴を棄却する。」との判決を求め、附帯控訴として「原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。控訴人らは、各自、被控訴人大橋段に対し更に五〇八九万七七九七円並びに八二三八万〇七九七円に対する昭和四三年四月九日から昭和四五年六月二二日まで、五〇八九万七七九七円に対する同月二三日から支払ずみまで各年五分の割合による金員(右のうち、二七八三万八〇〇〇円及びこれに対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超える支払請求部分は、当審において拡張された新請求)を、被控訴人大橋達及び同大橋静子それぞれに対し更に八五三万六〇〇〇円並びに九八五万円に対する昭和四三年四月九日から昭和四五年六月二二日まで、八五三万六〇〇〇円に対する同月二三日から支払ずみまで各年五分の割合による金員(右のうち、一六八万六〇〇〇円及びこれに対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超える支払請求部分は、当審において拡張された新請求)を支払え。訴訟費用は、第一審、差戻前の第二審、上告審及び差戻後の第二審とも、控訴人らの負担とする。」との判決を求め、控訴人国の民事訴訟法一九八条二項に基づく申立てに対し請求棄却の判決を求め、当審における控訴人国に対する予備的請求として「控訴人国は、被控訴人大橋段に対し八二三八万〇七九七円、被控訴人大橋達及び同大橋静子それぞれに対し九八五万円並びに右各金員に対する昭和四三年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、札幌地方裁判所言渡しにかかる原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決事実摘示中に「原告大橋静子」若しくは「原告静子」とあるのを「被控訴人大橋静子」若しくは「被控訴人静子」とそれぞれ改め、「被告藤田茂房」若しくは「被告藤田」とあるのを「原審相被告藤田茂房」若しくは「原審相被告藤田」と、「被告小川敬」若しくは「被告小川」とあるのを「原審相被告小川敬」若しくは「原審相被告小川」と、「被告デンカ生研株式会社」とあるのを「原審相被告デンカ生研株式会社」とそれぞれ読み替える。

2  原判決八頁四行目の「被告小川敬」の前に「医師である」を加え、五行目の「昭和五一年法律第六九号」を「昭和四五年法律第一一一号」と改め、一〇行目から一一行目にかけての「以下『被告東芝化学』という。」を削り、一二行目の「同月」を「昭和四三年四月」と、同九頁七行目冒頭から一一行目末尾までを「(三) 被控訴人段の障害の程度は、後遺障害等級表第一級3の『神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの』及び同8の『両下肢の用を全廃したもの』に各該当する。そして、被控訴人段は、現在も車椅子生活で生涯歩行することは不可能であり、知能も精神薄弱の中等度でこれ以上改善することは期待できない。」とそれぞれ改める。

3  同一〇頁八行目末尾に「(主位的請求)」を加え、同一一頁末行の次に行を改め次のとおり加える。

「実施規則四条の禁忌に該当する場合とは、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な場合をも含むものであり、昭和三四年一月二一日衛発第三二号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達『予防接種の実施方法について』の別紙『予防接種実施要領』(以下『実施要領』という。)の第一の九項3号は、予防接種の具体的基準として、『予診の結果異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は予防接種を行わず、必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること』と明示し、禁忌該当判定困難な者に対する接種回避義務を定めている。また、種痘を実施する医師は、予診を通じて実施規則四条所定の禁忌者に該当することを疑うに足りる相当な事由を把握した場合にも、当日は種痘を回避すべき義務があった。」

4  同一二頁一行目の「しかして、」の次に「本件上告審判決は『予防接種によって後遺障害が発生した場合は、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事実が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定する』と判示するところ、本件においては、禁忌者識別のための充分な予診が尽くされたが禁忌該当事由を発見することに至らなかったこと、被控訴人段に種痘後脳炎を発生しやすい個人的素因があったこと等の特段の事実は認められないから、被控訴人段は本件種痘当時禁忌者に該当していたというべきであり、更には、本件種痘当時の被控訴人段の具体的健康状態よりみても、」を加え、同行の「原告段は、」を削り、三行目の「毎日」の前に「医師田宮恭子(以下『田宮医師』という。)から」を、五行目の「禁忌者」の次に「又は禁忌該当判定困難な者若しくは禁忌該当者を疑うに足りる相当な事由がある場合に当たる者」をそれぞれ加え、七行目の「本件種痘」から同一三頁八行目末尾までを「研修、医学誌等によって種痘により時には重篤な後遺障害が発生することを充分知悉していたというべきであるから、予診の重要性についても当然認識していたものであり、当時は問診票の制度もなかったのであるから尚更慎重に問診を行い、前に医者にかかったことがないか、かかったとすればその病気の種類、程度、期間、注射ないし服用した薬の有無、期間、アレルギー体質の有無等、現在の被接種者の健康状態を知る上で重要な手がかりとなる事項を問診し、疑わしい場合は検温、聴打診等を行うべき義務があったにもかかわらず、本件種痘の実施に当たり、『普段と変わらないか』又は『機嫌はどうか』という一般的な挨拶程度の問診をしたのみで、具体的な健康状態についての問診も、又問診票等による事前の調査もせず、予防接種を一人当たり四四秒ないし四六秒の流れ作業で済ませたものであり、実施規則に定める控訴人国の不充分な基準さえ満たさない極めて不充分、不適切なものであった。そうすると、このような予診の不充分な態勢を制度として容認していた控訴人国がその責任を問われることは当然としても、そのために原審相被告小川の具体的な問診義務が軽減されることはない。このように、原審相被告小川は、本件種痘当時被控訴人段が禁忌該当者又は禁忌該当判定困難な者若しくは禁忌該当者を疑うに足りる相当な事由がある場合に当たる者であり、当日の種痘は回避すべきであったのにもかかわらず、予診を通じてこれを発見するに至らず、種痘をすることに何らの支障もないものと即断して本件種痘を実施し、その結果、被控訴人段に重篤な後遺障害を発生する事態を惹起するに至ったのであるから、原審相被告小川には過失があったものというべきである。」と改め、九行目の「(三)」を削り、同行の「基づき、」の次に「被控訴人らの被った」を加える。

5  同一三頁一一行目末尾に「(主位的請求)」を、同一八頁一一行目の次に行を改め次のとおりそれぞれ加え、一二行目の「(三)」を削る。

「(三) また、厚生大臣は、予防接種法制定当時から、予防接種による副反応事故を発生させないため禁忌を定めたのであるから、医師が予診を充分にして禁忌該当者を接種対象から除外する措置を取る必要性も充分認識していたにもかかわらず、伝染病予防のため予防接種の接種率を上げることに施策の重点を置き、予防接種の副反応の問題にそれほど注意を払わず、現場の不充分な予診の状況を放置し、多くの重篤な副反応事故を生じさせてきた。

すなわち、厚生大臣は、医師一人当たりの一時間単位の接種人員を、種痘で適切な予診を行うには程遠い最大限八〇人と定め(これは一人当たりの予診接種の時間が四五秒になる。)、しかも現場で予診が殆どされていない実情を知りながら、それを放置した。また、予診において、被接種者の禁忌該当の有無を知るのに重要な手がかりとなる問診票の制度を昭和四五年以降になるまで取らず、簡単な口頭による現在の健康状態の質問をもってする問診視診を原則とした。更に、国民に対し予防接種事故の実態を公表しないのみならず(予防接種によって重篤な後遺症や死亡例があることは、古く戦前から認識され、相当数の症例が報告されている。)、接種を担当する医師に対してもその情報を充分には提供せず、禁忌について積極的に周知を図るような措置を取らず、そのため、禁忌の重要性について一般の医師も国民も充分認識をもたず、適切な予診がされずに予防接種が実施されてきた。

右のように、厚生大臣は、予防接種により重篤な副反応事故が発生することについて予見することができたから、禁忌識別のための充分な措置を取り、禁忌該当者をすべて接種対象から除外することにより、副反応事故を回避すべき義務があったが、右措置を取ることを怠ったものである。本件事故は、厚生大臣が右措置を取ることを怠ったことの結果として、現場の接種担当者である原審相被告小川も禁忌識別を誤り、禁忌該当者である被控訴人段に本件種痘を実施して本件事故を惹起せしめたのである。」

6  同一九頁一行目冒頭から同二一頁八行目末尾までを削り、九行目の「7」を「5」と改め、同二二頁末行の「(五)」を削り、二三頁一行目の「後記」の前に「被控訴人らの被った」を加え、二行目冒頭から同二五頁六行目末尾までを削り、七行目の「10」を「6」と、九行目の「三八一六万九〇〇〇円」を「一五九三万三七九七円」と改め、一〇行目冒頭に「(a)」を加え、一二行目の「三四〇万八八〇〇円」を「五〇六万八六〇〇円」と、同行の「昭和五五年」を「平成二年(平成三年版)」と、同二六頁五行目の「現価」から同二七頁一行目末尾までを次のとおり改める。

「本件事故当時における現価を算定すると、次のとおり三八二六万五〇〇〇円(ただし、一〇〇〇円未満切捨て)となる。

5,068,600円×(19.2390−11.6895)=38,265,000円

(b) 被控訴人段は、後記のとおり、障害児養育年金四〇三万三二〇〇円及び障害年金一八二九万八〇〇三円の合計二二三三万一二〇三円の給付を受けたので、これを損益相殺として右(a)の金額から控除すると、控訴人段の請求すべき逸失利益は一五九三万三七九七円となる。」

7  同二七頁二行目の「一一一五万二〇〇〇円」を「二八四四万七〇〇〇円」と、四行目の括弧書内部分を「被控訴人段と同年齢《二四歳》の男子平均余命は52.92年《平成元年簡易生命表》であるから七五年間」とそれぞれ改め、同行の「付添」の前に「日常生活について全面的に」を加え、五行目及び八行目の各「三六万」を「一四六万」と、六行目の「約一〇〇〇円」を「四〇〇〇円」とそれぞれ改め、九行目の「、また」から同二八頁二行目末尾までを次のとおり改める。

「ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右期間の付添介護料相当額の本件事故当時における現価(ライプニッツ係数は19.4849である。)を算定すると、次のとおり二八四四万七〇〇〇円(ただし、一〇〇〇円未満切捨て)となる。

1,460,000円×19.4849=28,447,000円」

8  同二八頁三行目及び六行目の各「一〇〇〇万円」を「二五〇〇万円」とそれぞれ改め、同行の次に行を改め「(4) 弁護士費用   一三〇〇万円」を、その次に行を改め「本件訴訟代理人の訴訟以来長期間にわたる努力は、その算定に当たり加算的要素として評価されるべきである。」を、八行目冒頭に「(1)」をそれぞれ加え、八行目及び一一行目の各「三〇〇万」を「九〇〇万」とそれぞれ改め、同行の「するには、」の次に「右両名の受けた苦痛が提訴以来長期間に及び、かつ、その間右両名が種痘制度改革に向け努力してきたことを加算的要素として考慮すると、」を、末行の次に行を改め「(2) 弁護士費用   各八五万円」を、その次に行を改め「本件訴訟代理人の提訴以来長期間にわたる努力は、その算定に当たり加算的要素として評価されるべきである。」をそれぞれ加え、同二九頁一行目全体を「7 主位的請求の小括」と、二行目の「五九三二万」から三行目の「。)」までを「八二三八万〇七九七円」と、五行目の「三〇〇万円」を「九八五万円」と、六行目の「四五年六月二三日」を「四三年四月九日」とそれぞれ改める。

9  同二九頁八行目の次に行を改め次のとおり加える。

「8 控訴人国の責任(その三)(当審において追加的予備的に併合申立て)

(一)  憲法二九条三項に基づく損失補償請求

(1) 予防接種法三条は、何人に対しても同法に定める予防接種を受け、又は受けさせる義務を課し、これに違反した場合には同法二六条により刑事罰を科することとしていた。本件種痘も右義務の履行として行われた。法が予防接種を国民に強制しているのは、伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防し、公衆衛生の向上と増進に寄与することを目的としたものであって、集団防衛、社会防衛のためである。

(2) 控訴人国による法律上の強制により、被控訴人段は本件種痘を受けたものであるが、その結果惹起された被控訴人段の重篤な本件後遺障害は受忍の限度を超えた特別犠牲であり、控訴人国は憲法二九条三項により、これに対する正当な補償をすべき義務を負うものである。

すなわち、憲法二九条三項は、直接には財産権の収用ないし制限に関する規定であるが、憲法一三条の国民の生命、自由、幸福追求権の尊重規定、憲法二五条の国の生存権保障義務規定に照らせば、憲法二九条三項の解釈適用に当たり、社会公共のための財産権の侵害については補償するが、同じく社会公共のためにされた生命、健康の侵害については補償しないとすることは到底許されない。そもそも、特別犠牲に対する損失補償は、特定人に対し、公益上の必要に基づき特別異常なる犠牲を加え、しかも、それがその者の責めに帰すべき事由に基づかないものである場合には、正義公平の見地から、全体の負担においてその私人の損失を調整する制度である。ところで、予防接種は、伝染病から社会を集団的に防衛するためになされるものであるが、不可避的に被接種者に死又は重篤な身体障害を生ぜしめる副反応を起こさせることがあり、控訴人国はその事実を知悉しながら、右犠牲の発生よりも伝染病に対する社会、集団防衛の利益を優先させるという政策判断を行い、法による強制によって予防接種を実施し、その結果として、予測されたとおり被控訴人段に重篤な身体障害をもたらした。伝染病の発生又はまん延防止という社会公共の利益のために犠牲となった被控訴人段に対し、その犠牲によって利益を受けた大多数の者が負担を分担することは、共同社会の基本理念である公平の原則に合致するものである。その分担すべき犠牲は財産的犠牲に限定されるとすべき合理的根拠は全く存しない。むしろ、人生最大の悲劇である生命と健康の犠牲に対してこそ正に補償すべきである。更に、生命、身体に対する被害は同時に著しい財産的損失を伴うから、生命、身体と財産が次元を異にするとして前者に対する補償義務を否定することは許されないものである。

以上により、控訴人国は、憲法二九条三項に基づき、被控訴人らが被った本件損失について正当な補償をすべき義務を負っている。

(二)  憲法二五条一項に基づく損失補償請求

仮に、右(一)の主張が認められないとしても、憲法二五条は、『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。』と規定する。この規定が国民の生命、身体及び健康に対する権利を保障していることは明らかである。予防接種には一定の割合で副反応が生ずることが避けられないという状況下で、控訴人国は伝染病の予防という公共の福祉のため種痘を強制し、国民の側からは副反応事故を完全に防止する途がなく、これがいつ誰に発生するか一般に予見しようもないものであり、一旦事故が発生すると、その結果は本人のみならずその家族にも悲惨な状態をもたらし、現在の医学ではこれを救うことができない。このような状況を憲法が放置しているとみることは到底できないものであって、財産権の収用の場合には憲法二九条三項によって直接補償を求める途があるとされていることとの対比からも、生命、身体を財産より軽視すべき理由はなく、予防接種による副反応事故によって被害ないし損害を受けた者は、国民に健康な生活を営む権利を保障した憲法二五条一項によって、控訴人国に対し直接補償を求めることできる。

(三)  憲法上の損失補償責任は、正当な補償をなすべき責任である。正当な補償とは、損失を被った者の全損害(損害賠償請求の損害額と同額)の補償である。本件では、控訴人国は事故発生後に至って初めて予防接種被害についての救済制度を設けたが、この制度による補償額は損害額と比較して極めて低額であり、客観的妥当性を欠き、正当な補償とはいえない。被控訴人らは、救済制度による補償があるとしても、なお損害額との差額について正当な補償を請求する権利を有する。

よって、被控訴人らは、控訴人国に対し、前記(原判決引用)6と同額の金員の支払を求める。

(四)  追加的予備的併合申立ての適法性について

被控訴人らの本件追加的予備的併合申立てについては、右申立てにかかる憲法上の損失補償責任に基づく訴えは、公法上の法律関係に関するもので、行政事件訴訟法(以下『行訴法』という。)四条後段の実質的当事者訴訟として同法による審理の対象となり、主位的請求に関する民事訴訟と併合することはできないのではないかが問題となるので、以下に付言する。

本件追加的予備的請求の訴訟物は、身体への侵害に対する損失(損害)の填補を求めるものであって、その請求額も本件損害賠償請求における損害額と同一であり、主張、立証の対象たる基礎事実も、控訴人国の公務員の故意、過失の点を除き、控訴人国が実施した種痘による身体被害の発生という単一の事象である。要するに、本件損失補償請求とは、違法、無過失の公権力行使に基づく損失填補請求である。かかる法分野は、公法、私法が接する限界上の法領域であり、その法律関係をあえていずれかに截然と区別することは不可能であり、区別する意味も乏しい。すなわち、損失補償請求は、一般的にいって公法上の権利であり、通常は『実質的当事者訴訟』として処理され、そのうち特に特定の手続を経て補償決定がなされるとき、その行政上の決定を争う訴訟は実質的には抗告訴訟の性質をもつが、被告が法定化されているがゆえに『形式的当事者訴訟』として処理されているにすぎないというのがこれまでの一般の所説であるが、損失補償請求権一般が公法上の権利であるという論証はなされておらず、行訴法に『当事者訴訟』という訴訟類型を定めてしまったという既成事実の上に立って、損失補償請求権は公法上の請求権であるといっているにすぎない。従来、損失補償請求権は特別の規定がなければ発生しないと解されてきたが、最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決(刑集二二巻一二号一四〇二頁)、続いて東京高裁昭和四四年三月七日判決(高民集二二巻一号一八一頁)が各判示して以来、損失補償請求権は特定の制定法の請求要件の規定をまって発生するものではなく、憲法上の規定を根拠としてこれを行使しうるというのが最近の判例、学説の傾向であり、これを公法上の請求権と観念する根拠もなくなった。また、仮に本件損失補償請求が講学上の損失補償請求であり、実質的当事者訴訟に該当するとしても、その審理等に関しては民事訴訟手続が準用され(行訴法七条)、行政庁の訴訟参加(同法二三条)、職権証拠調(同法二四条)、判決の拘束力(同法三三条)は、関係行政庁が厚生大臣のみであり、処分の効力が当初から問題とされておらず、しかも請求の態様が単純な金銭の給付請求である本件では、いずれも考慮の必要はなく、また、同法の手続によらないことによって、控訴人国の応訴等の利益が害されることもない。そうすると、単純な金銭の給付請求である本件損失補償請求は、これが実質的当事者訴訟であるとしても、損害賠償請求と密接な関連性を有するものであり、かかる場合は、行訴法一六条一項の準用により、当初係属している民事訴訟に実質的当事者訴訟たる行政訴訟を併合することも許されるものと解すべきであり、本件損失補償請求を民事訴訟手続に併合審理することは何ら不適法ではないというべきである。

なお、被控訴人らとしては、本件各損失補償請求につき、あくまでも当審において審理判断を求めるものであって、仮に併合審理が認められないとしても、本件各損失補償請求をあえて第一審管轄裁判所に移送を求めるものではない。」

10  同三〇頁三行目の「極」を「ごく」と、末行の「のうち」から同三一頁一行目末尾までを「前段については、被控訴人段の障害について、小樽市長が予防接種法施行令(昭和二三年政令第一九七号)別表一に定める一級の障害の状態に該当する者であると認定した限度で認め、その余は争い、後段は知らない。」と、七行目の「球マヒ型」を「球麻痺型」とそれぞれ改め、同三二頁七行目の次に行を改め次のとおり加える。

「被控訴人段に知能障害が生じた原因の一つとしては、出生時の障害が考えられる。すなわち、被控訴人段の出生は骨盤位牽出で、分娩所要時間は約八時間であった。この八時間という時間は通常に比べて若干長めであり、また骨盤位は通常に比べて障害を受ける確率が高いものであって、被控訴人段の知能障害は出生時の脳障害に起因するとも考えられる。被控訴人段に知能障害が生じた原因としては、更に、被控訴人段の生活環境が下半身麻痺により閉鎖的となったことが考えられ、このことは被控訴人段が『自閉症に似たような状態』であることによっても窺われる。更に、被控訴人段の運動障害が仮に弛緩性麻痺であるとすれば、弛緩性麻痺をもたらすことが顕著な伝染病であるポリオによるとも考えられる。すなわち、市立小樽病院での血清学的検査の結果、被控訴人段はポリオワクチンを接種していないにもかかわらず、ポリオ3型の抗体価が三二倍の高い値を示しており、この値からすると、ポリオウイルスによる感染が否定されたとみるのは適当でなく、再度検査をすればポリオ感染を証明できた可能性があり、そうであれば、被控訴人段の下半身麻痺の発症について、ポリオ感染起因性を否定することができない。」

11  同三四頁二行目冒頭から同三八頁四行目末尾までを次のとおり改める。

「(1) 以下のとおり、原審相被告小川は、本件種痘に当たり、必要とされる予診義務を尽くしたにもかかわらず、被控訴人段の身体的状態が一般の健常人と変わらないという特殊な事情があったため、禁忌者に該当する事由が発見できなかったのであるから、上告審判決のいう『特段の事情』が認められ、したがって、本件事故当時、被控訴人段が禁忌者に該当していたとの推定はされないこととなる。

すなわち、まず、必要とされる予審が尽くされたか否かについては、最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決(民集三〇巻八号八一六頁)の判断に照らし、必要とされる予審が尽くされたか否かを検討する必要がある。原審相被告小川は、本件種痘の接種当時、①種痘の接種対象者の上半身について湿疹等の皮膚の疾患、やけど、外傷の有無、体の発育状況、栄養状態、貧血やチアノーゼの有無等を視診し、『普段と変わりはないか。』、『機嫌は変わりはないか。』という質問のほか、背後の掲示を利用して『後ろに掲示してあるようなことはないか。』と問診し、②その後、種痘実施に当たり、接種対象者の腕を握っている間に、接種対象者に熱がある等おかしいと感じたときは再度診察をし直す等し、③以上の予診を行った結果異常を認めた場合には、更に詳しい問診、必要であれば体温測定、聴打診をし、また、明らかに禁忌に該当する場合はもちろんのこと禁忌に該当する疑いの残る場合も、当日は種痘を受けさせることはせず、かかりつけの医師に診断してもらった上で種痘を受けるようにとか、大病院で精密検査を受けるようにとかの指示をしていたのである。また、④原審相被告小川は、小樽市保健所の予防接種実施のスタッフと相談して、予防接種会場のいずれも被接種者の保護者らの目のつきやすい場所三か所に、実施要領による要請に基づき、種痘を含めた予防接種を受けるに当たっての禁忌事項を記載したはり紙を掲示し、その掲示の内容は、実施規則四条の定めに比して分かりやすく、誰が読んでも短時間で理解できる表現、用語で具体的に箇条書きに記載し、しかも注意を喚起するべきところは赤で書く等の工夫もしており、⑤当日ころの予防接種の手順は、会場入口で受付係に母子手帳の提示をして受付をし、保健婦のところで消毒を受け、更に医師が保健婦の介助を受けながら接種を実施するというものであり、右業務に従事する保健婦らの間では、あらかじめ予診の際に保護者から聴取する事項を決めておき、受付係において右事項を細かく具体的に聴いて、風邪が治って間がないときあるいは最近まで薬を飲んでいた場合には予防接種を断るようにし、次いで消毒担当の保健婦、更に医師を介助する保健婦においてもそれぞれ同様の発問をするなど重ねて確認し、保健婦の段階でも予防接種を断ることがあった。以上原審相被告小川が行った補助手段(④、⑤)をも併用しての問診のほか、視診、必要な場合の診察行為等(①ないし③)をも総合すると、原審相被告小川は、前記最高裁判決の趣旨に照らし必要とされる予診を尽くしたということができる。なお、本件接種当時、昭和四五年六月一八日付け衛発第四三五号厚生省公衆衛生局長通知により『考慮すること』とされた問診票の制度は未だ採用されてはいなかったが、前記はり紙、受付係、保健婦による質問、医師による質問を総合すると、右問診票記載の質問事項のうち被控訴人段に関連する主要な部分は直接口頭による質問がされていたということができるから、問診票の制度が採用されていなかったことを理由に原審相被告小川による予診が不充分であったということはできず、また、本件種痘当日の予防接種の一人当たりの平均時間を単純計算すると約四四ないし四六秒となって、実施要領の最大限の人数を下回ることは明らかである上、本件種痘では前記のような補助者、補助手段を用い、原審相被告小川において異常を認めた場合、禁忌該当の疑いの程度に応じて更に診察が詳しくされることを考慮すると、右平均時間の長短のみを理由に充分な予診がされていなかったということは到底できない。

次に、被控訴人段の身体的状態が一般の健常人と変わらないという特殊な事情があったことについては、次のとおりである。すなわち、被控訴人段は、昭和四三年四月三日朝発熱したため田宮医師の往診を受けた。その際、被控訴人段は、体温がセ氏三八度八分あり、咽頭が発赤し、感冒と診断され、その治療のためスルピリン(解熱剤)及びサイアジン(サルファ剤、抗菌剤)の注射を受け、二日分の投薬(サイアジン、スルピリン、アリメジン《抗ヒスタミン剤》)を受けた。翌四日に田宮医師の診察を受けた際、被控訴人段は、咳はわずかであったが、体温がセ氏三八度五分あったため、スルピリン及びケミセチン(抗生物質)の注射を受けた。翌五日に田宮医師の診察を受けた際には、被控訴人段は、機嫌がよかったものの、体温が依然としてセ氏三七度三分あったので、スルピリンの注射を受け、三日分の投薬(薬剤は前同様)を受けた。その際、被控訴人靜子は、田宮医師に対し、同月八日に被控訴人段の予防接種を受けてよいかとの質問をしたところ、熱がなかったらよいとの回答を受けた。被控訴人靜子は、同月六日と翌七日に被控訴人段の体温を検温したが、両日とも、その体温はセ氏三七度以下であった。被控訴人靜子は、田宮医師の指示に従って同月七日ころまで右薬を服用させていた。被控訴人段は、同月八日朝には、被控訴人靜子から見ると、熱や鼻水等の症状もなく、大体治った様子で、ミルクも充分飲んで、病弱者であるといえるような状況ではなかったため、被控訴人靜子は、被控訴人段に予防接種を受けさせても何ら問題はないと判断して小樽市保健所に赴いたものである。なお、被控訴人靜子は、小樽市医師会付属准看護婦養成所に通所して昭和三五年に准看護婦の資格を取得したが、その前後を通じて昭和三二年から昭和四一年まで約一〇年間にわたって小樽市内の病院に准看護婦等として勤務し、予防接種の実施にも従事したのであり、そのため種痘の禁忌事項についても知っていた。しかし、被控訴人靜子は、被控訴人段に対して種痘を受けさせることについて全く支障がないと判断していたこともあって、原審相被告小川等種痘実施者側の問診に対し、特に問題があるような返答はしなかった。上告審判決により指摘されている問題点のうち、まず、被控訴人段の本件接種当日の発熱の有無については、右のような資格及び経験を有する被控訴人靜子が本件接種当日被控訴人段に対し検温もせずに熱がないと判断したのは、むしろ検温をするまでもなく熱がないことが明らかであったからにほかならず、もし、本件種痘の時点で被控訴人段に発熱の症状があったのであれば、原審相被告小川においてもこれを発見することができたはずであり、したがって被控訴人段には本件種痘当日発熱がなかったと判断するのが合理的であり、また、咽頭炎の治癒の点については、同月三日以降の田宮医師の診療の経過と被控訴人段の症状の経過及び同被控訴人が投薬を受けたスルピリン(解熱剤)の薬効持続時間からすると、咽頭炎は同月五日の時点で治癒したと判断するのが合理的である。確かに、咽頭炎の治癒はその原因疾患の治癒を示すものではないが、種痘実施当日被控訴人段の身体的状態は一般の健常人と全く変わらず、咽頭炎の原因疾患や他の疾患の存在を窺わせる外部的徴表は存在しなかったのであるから、本件種痘に当たり、原審相被告小川が上告審判決の指摘するような咽頭炎の原因疾患の存在を発見することは不可能であったというべきである。

(2) 仮に、原審相被告小川において必要とされる予診義務を尽くしたとはいえず被控訴人段の禁忌該当の推定がされるとしても、そのことから直ちに原審相被告小川に接種回避義務があったということはできず、過失があるということはできない。すなわち、実施要領第一の九項三号の定めは、接種実施者に禁忌に該当するかどうかの判定が困難な場合は無理にいずれかに判断しなくともよく、予防接種を行わないこともできる旨を明らかにしたにすぎず、禁忌者に該当することを疑うに足りる相当な事由がある場合にも接種回避義務を課するものと解するのは相当ではない。そして、前記のとおり、本件種痘当日、被控訴人段の身体的状態は一般の健常人と全く変わらず、仮に、原審相被告小川において、被控訴人靜子から同月三日以降の田宮医師のもとにおける診療の経過を詳しく聴取することによって咽頭炎の原因疾患の存在を疑ったとしても、当時の予防接種担当医の医学的知見や医療水準に照らし、被控訴人段に対する種痘の実施は相当と認められたのであり、禁忌者に該当することを疑うに足りる相当な事由さえ存在しなかったものである。」

12  同三八頁七行目から八行目にかけての「二五年」を「二五」と改め、同四三頁一一行目の次に行を改め次のとおり加える。

「実施要領により編成された一班に属する複数名が同時に問診等を手分けして行えば、被接種者一人にかける予診、接種の時間が被控訴人らの主張する四五秒より多くなることは明らかであり、更に、予診が適切か否かについては、単に予診に費やす平均時間や問診票の使用の有無のみによって判断することはできない。また、厚生大臣が実施要領等によって設定した基準は、あくまで一般的基準と理解すべきであって、医師の裁量により、その基準を上回る措置や、その基準上の措置に併せて、別の新たな措置を付加することは当然にできるのであり、その結果、本件の予防接種の現場において予診義務が尽くされていたのであれば、厚生大臣の一般的基準が不充分であることをいくら論じても意味がない。小樽市保健所においては、予防課長の原審相被告小川が主幹課長会議において種痘の合併症について充分注意するようにとの話をされ、禁忌事項等予防接種に関する事項の記載された文献を読み、これを予防接種担当者らに回覧し、予防接種担当者間で事故防止の方策を検討し、保健婦に対する禁忌事項等に関する教育もされ、前記3の(二)(原判決引用)のとおり、禁忌該当者に予防接種を実施しないための充分な体制が確立していたのであるから、仮に被控訴人らの主張する厚生大臣の過失があったとしても、控訴人国の責任を肯定する原因とはなりえない。」

13  同四三頁一二行目冒頭から同四六頁八行目末尾までを削り、九行目(二か所)及び一〇行目の各「7」を「5」とそれぞれ改め、一二行目の「予防接種」を削り、同四七頁二行目末尾に次のとおり加え、四行目全体を削る。

「控訴人小樽市の主張は、次のとおり付加するほか、控訴人国の3の(二)の主張(原判決引用)と同一である。

(1)  禁忌事項は、母子手帳にもその記載があった。

(2)  上告審判決の拘束力について

上告審判決は、予防接種によってある者に後遺障害が発生した場合、個人的素因を有しない限り、その者が禁忌者であったと事実上推定するというものであるが、右推定に関する経験則は、差戻前の控訴審判決のこの点に関する判断から極端に飛躍し、当事者の思い及ばない、また原審では争点としていなかった独特の経験則を認定したものであり、更に論理則あるいは他の経験則と相反しており、差戻審を拘束するものではない。すなわち、上告審判決の経験則についての判断は、主観的、意思的要素に重点がある一般の法律判断とは異なり、客観的、事実的なものであるから、差戻審の審理の対象となって、事実に基づく検証、反論の機会が保障されるべきであり、その経験則に問題があれば、その判断は差戻審を拘束するものではなく覆されるべきものである。そして、予防接種による副反応については、接種したワクチンウィルスのいかなる成分が後遺症を起こすのかを含め、その発生機序、発生病理は今日に至るまであらゆる医学的知見上も明らかではなく、特に重篤な副反応の発症について、いくつかの仮説はあっても定説はない。そのため、実施規則四条の禁忌は、各種の予防接種一般を考え概括的に接種の実施を不相当とする事由を定めたものであって、特に種痘後の重篤な神経系障害の発生防止に焦点を合わせて定められてはいない。したがって、同条各号の事由の全てが予防接種により重篤な神経系障害を発生させる可能性があるとはいえないのに、これを分析することもなく極めて幅広く禁忌概念を定立し、被接種者に右後遺症が発生した場合、その者が漫然と禁忌該当者であったとする上告審判決の判断は誤りである。一方、上告審判決の個人的素因者とは、帰するところ、予防接種が行われた場合、重篤な神経系障害という副反応のなかった者及び副反応発症者から同条各号全ての禁忌者を除く者全部ということとなり、具体的に特定した概念とはいえず、判示のような不明確な概念を定立すること自体医学的知見もなく非論理的であり、これを前提として禁忌該当の可能性を検討し推定の基礎とすることは許されない。更に、個人的素因者が仮に考えられるとしても、その者は接種に当たり担当医師が予診を尽くしてもその素因は医学的にも発見できないのであるから、そのまま接種を受けてしまうのに対し、右禁忌該当者は通常の予診によってその殆どを発見する可能性が強く、それらの者は接種を回避することとなるのであるから、論理則上から、重篤な神経系障害に関係のある禁忌事由該当可能性が有個人的素因の可能性より大きいことにはならないことは当然であり、種痘により重篤な後遺障害が発症した場合、その被接種者が高度の蓋然性をもって禁忌者であったこととはならず、上告審判決の判示するような推定は全く働かないものである。

なお、上告審判決が、右の判示に続けて差戻前の控訴審判決の認定事実を誤りとする点は、事実認定なのかそれとも経験則による判断なのかは不明であるが、仮に後者だとしても、その説示は経験則の内容を明示したものとは到底いいえない。」

14  同四七頁五行目冒頭から同四九頁五行目末尾までを削り、六行目冒頭から七行目末尾までを「6 同6の事実のうち、平成二年(平成三年版)賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者平均賃金(全年齢平均)が五〇六万八六〇〇円であること、被控訴人段が(一)(1)(b)の給付を受けたこと及び平成元年簡易生命表による二四歳男子の平均余命が52.92年であることは認め、その余は争う。」と改め、七行目の次に行を改め次のとおり加える。

「7 同8(控訴人国の責任、その三)について

(一)  本案前の主張

本件訴訟における被控訴人らの従来の請求は、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求であるところ、被控訴人らが当審において迫加的予備的に併合を申し立てた請求は、本件種痘による被害が憲法二九条三項の適用をめぐって講学上いわれている特別犠牲に当たるとして、直接右条項を根拠に損失補償請求をするものであるから、審判の対象たる訴訟物が前者と後者とで異なることは明らかであり、したがって、右追加的申立ての実質は訴えの追加的変更の申立てにほかならない。しかるところ、先行する前者の請求が民訴法によって律せられる民事訴訟であることは多言を要しないから、本件訴えの追加的変更が許されるためには、同法二三二条所定の訴えの変更の要件のほかに、同法二二七条所定の訴えの客観的併合の要件をも充足しなければならない。

これを本件についてみるに、現行法上の財産権をめぐる損失補償の確定手続については、補償額についての行政主体の決定、監督官庁の裁定又は収用委員会の裁決を経由した上、それに不服のあるときは事業主体と被収用者又は損失を受けた者(補償の当事者)との間で訴訟を提起できるものとされている場合と、法律上一定の場合に損失補償請求をすることができることのみを規定して、損失補償額の確定手続については何らの定めもない場合とがあるが、前者の訴訟類型が行訴法四条前段の形式的当事者訴訟に該当し、後者の訴訟類型が同条後段の公法上の法律関係に関する訴訟、すなわち実質的当事者訴訟に該当することは、判例のみならず学説上も殆ど異論がないといえる。そして、財産権の収用法令が補償規定を欠いている場合、最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決(刑集二二巻一二号一四〇二頁)、同昭和五〇年三月一三日第一小法廷判決(裁判集民事一一四号三四三頁)、同年四月一一日第二小法廷判決(裁判集民事一一四号五一九頁)は、直接憲法二九条三項を根拠に損失補償請求をする余地がないではない旨を判示し、学説上も同条項に基づく損失補償請求を肯定する説があるが、その場合、右損失補償請求が公法上の法律関係に関する訴訟として実質的当事者訴訟に該当することは、以上に述べたところから明らかであろう。ところで、本件の場合、被控訴人らは、右肯定説に立脚して、本件予防接種禍は生命、健康に対する特別犠牲であるから、財産権に対する特別犠牲の場合と同様に右条項に基づき損失補償をすべきであると主張するものであるから、本件訴えの追加的変更により追加された損失補償請求訴訟は、行訴法四条後段に該当する実質的当事者訴訟であるといわなければならない。そうすると、本件追加訴訟は行政訴訟であり、これに対し、本件において先行していた損害賠償請求訴訟は民事訴訟であるから、両者は訴訟手続を異にし、したがって民訴法二二七条所定の訴えの客観的併合の要件を欠くものというべく、民訴法の手続に則る限り、本件訴えの追加的変更の申立ては不適法である。仮に、従前の損害賠償請求訴訟が本件追加訴訟の関連請求(行訴法四一条二項、一九条二項、一項前段、一三条)であるとしても、同法一九条一項は、『原告は、取消訴訟の口頭弁論の終結に至るまで、関連請求に係る訴えをこれに併合して提起することができる』旨を、また、同条二項は、その場合に民訴法二三二条の規定の例によることができる旨をそれぞれ規定しており、右文言自体からも明らかなように、行政訴訟以外の請求に当事者訴訟を追加的に併合することは認められないから、右の結論は変わらないのである。

以上の次第で、本件訴えの追加的変更の申立ては、不適法であるから許されるべきではない。

(二)  本案について

(1) 憲法二九条における三項の位置付けをみると、同条一項は、個々の国民に対しその財産権に対する国家の侵害からの自由権を保障するとともに、経済制度の基礎秩序として私有財産制を制度的に保障しているものであり、同条二項は、同条一項が私有財産制を制度的に保障していることを前提とした上で、その制約として、公共の福祉の見地から『財産権の内容』を定めることを法律に委ねたものである。そして、同条三項は、公共の利益のため私有財産について同条二項によって許される内在的制約の域を超えて剥奪、制限等をする必要がある場合に、これを適法になしうる道を開くとともに、その場合には当該財産権を価値的に保障する意味で正当な補償をなすべきものとしているものであって、同条全体としてみれば、我が国における国家存立の基礎である経済秩序について調和のとれた私有財産制度の在り方を規定しているものにほかならない。このような憲法二九条三項の位置付けないし趣旨、目的にかんがみれば、そもそも生命、身体被害の場合に同条の中から三項のみを取り出してこれを類推適用し、生命、身体被害に対する損失補償の道を開こうとする発想そのものが極めて問題であって、批判を免れない。また、生命、身体に対する侵害は、公益の名の下であっても許されないから、もし生命、身体に対して、財産権の場合に損失補償が必要とされる特別犠牲と同じ意味での特別の犠牲を課するとすれば、それは違憲、違法な行為であるとして国家賠償法一条一項の規定に基づく損害賠償の法理で解決されるべきであって、もともと、財産権に対する特別の犠牲と生命、身体に対する特別の犠牲とを価値的に比較評価して、後者についても損失補償法理で解決しようとすること自体、法理論上根本的な誤りを犯すものである。

(2) 本件予防接種禍が財産権に関する損失補償請求権の要件の中核をなす特別の犠牲と同じ意味で生命、身体に対する特別の犠牲に当たるか否かを検討するに、本件予防接種は、特定人又は特定の範ちゅうに属する人を対象としているものではなく、広く国民一般を対象としているものであり、国民すべてが等しく接種を受けるものである。したがって、ごく稀にではあるが一定の確率で発生する予防接種に伴う重篤な副反応の可能性を仮に予防接種による危険性と呼ぶならば、国民一般が社会防衛、集団防衛の観点から等しくその危険性を負担するものであり、重篤な副反応が発生した者のみがその危険性を負担しているものではなく、他方、予防接種によって社会防衛、集団防衛が図られるということは、社会、集団を構成する個々人が等しく伝染病の危険性から免れるという利益を享受することにほかならない。このように、本件予防接種禍の場合、侵害行為の態様においては何ら特別性がなく、この点において、財産権についていわれている特別の犠牲と重大な相違が存する。次に、予防接種という侵害行為は、その本来の性質上当然に生命、身体に対して重大な損傷を与えるというような強度なものではなく、したがってまた、予防接種による重篤な副反応の発現という結果は、決して意図的、目的的なものではない。この点において、本件予防接種禍は、損失補償が必要とされる場合の典型で、意図的、目的的侵害行為を特徴とする収用概念とは完全にかい離しているといわなければならない。以上によれば、本件予防接種禍が財産権に関する損失補償請求権の要件の中核をなす特別の犠牲と同じ意味で生命、身体に対する特別の犠牲に当たるとするには法理論上多大の疑問があって、これを否定せざるをえない。

仮に、憲法二九条三項が生命、身体の被害の場合にも類推適用され、本件予防接種禍が生命、身体に対する特別の犠牲に当たるとする見解を採ったとしても、本件予防接種禍の場合の正当な補償について、その意義、内容、算定方法を司法の場において法的安定性を確保するに足りるだけの一義的明確性をもって認定判断することは法理論上著しく困難といわなければならず、結局、直接憲法の右条項に基づく損失補償請求権の要件及び効果の観点からみても、本件予防接種禍について右条項を類推適用することは著しく困難であり、法理論上否定されるべきであるといわざるをえない。

(3) 被控訴人段については、小樽市長が昭和五二年一一月二五日予防接種法(昭和五一年法律第六九号による改正後のもの)による救済制度に基づく障害者養育年金の給付をなす旨の予防接種被害者健康手帳を被控訴人段に交付し、更に、昭和六〇年一二月一六日同制度に基づく障害年金の給付をなす旨の同手帳を被控訴人靜子に交付して各支給決定をしたことに基づき、それぞれ所定の給付が支給されている。しかるに、被控訴人らは、右支給決定に基づく給付内容は不服であるとしながら、これに対する抗告訴訟で争うことなく、直接憲法二九条三項に基づき損失補償請求をするものであるから、本件損失補償請求は、右各支給決定の公定力に抵触して許されず、失当というべきである。

(4) 憲法二五条一項は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものであり、同条二項も、同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものであって、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的、現実的に右のような義務を負うことを規定したものではなく、同条二項によって国の責務とされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的、現実的な生活権が設定拡充されてゆくものと解すべきものである。したがって、同条の裁判規範としての効力は、同条二項の規定によって国の責務とされている社会的立法の具体的な立法措置が、同条の趣旨に反して著しく合理性を欠き、明らかに立法府に委ねられた裁量の逸脱、濫用とみざるをえないような場合に、司法審査の対象となる余地があるという意味で、いわゆる自由権的効果を有するにとどまるものである。したがって、憲法二五条は生存権の内容として国民の国に対する実体法上の請求権を認めたものではないから、本件予防接種禍について、同条の規定に基づき何らかの実体法上の請求権が発生する余地はない。」

15  同四九頁九行目から一〇行目にかけて及び同五一頁四行目の各「及び5」を、三行目の「ないし損失補償の」をそれぞれ削り、同五一頁一一行目末尾に「なお、そのことは、厚生大臣の過失を問題にする場合であっても、その厚生大臣の過失が接種担当者の過失をもたらしたという関係が認められたときに初めて控訴人国の責任を肯定する原因となりうることを考慮すると、何ら変わりがない。」を加え、同五二頁末行の「普段と」から「ある」までを「、被控訴人段に右発熱等があり医師を受診したことを含め特に問題があるような返答をしていない」と、同五四頁八行目の「小樽市長は、厚生大臣の認定に基づいて」を「控訴人らは」とそれぞれ改め、末行冒頭から同五七頁七行目末尾までを次のとおり改める。

「(一) 被控訴人らは、昭和五四年七月三一日の閣議了解に基づく行政上の救済制度(以下『旧制度』という。)及び昭和五一年法律第六九号により改正された予防接種法一六条以下の規定に基づく法律上の救済制度(以下『新制度』という。)に基づいて、控訴人らから、平成六年三月末日までに別表(二)の旧制度及び新制度の各欄(なお、同表の各支出年度とは、当該四月一日から翌年三月末日までを指す。以下、同じ)に記載のとおりの支給を受けた。それらは被控訴人ら主張の逸失利益及び介護費と重なりあうから、そのうち新制度欄記載の医療費及び医療手当を除いて、同表に記載の金額は被控訴人らの損害額から当然控除されるべきである。また、被控訴人段は、国民年金法等の一部を改正する法律(昭和六〇年法律第三四号)附則二五条に基づき同表の障害基礎年金の支給を受けているが、それは、予防接種による後遺障害を含めた疾病や負傷により後遺障害を残し日常生活に制限を受けるような状態になった者に対して支給される(同法三〇条の四)ものであって、被控訴人ら主張の逸失利益及び介護費と重なりあうものであるから、被控訴人らの損害額から控除されるべきである。更に、被控訴人らは、特別児童扶養手当等の支給に関する法律に基づき同表の特別児童扶養手当及び福祉手当の支給を受けているが、それらも、被控訴人段の予防接種による後遺障害を契機として支給されたものであって、被控訴人ら主張の逸失利益及び介護費と重なりあうものであるから、被控訴人らの損害額から控除されるべきである。

(二) 更に、障害年金、障害児養育年金及び障害基礎年金については、将来給付分について、法的な裏付けをもちその履行が確実であるから、現在額に換算した上で被控訴人らの損害額から控除すべきであり、仮にそうでないとしても、各年金所定の給付履行時期(現行では四半期ごとに経過三か月分をまとめて支給する。)までは、労働者災害補償保険法六四条一項一号の趣旨を類推し、その限度で履行の猶予がされるべきであるから、本訴において右履行の猶予を主張する。」

16  同五七頁七行目の次に行を改め次のとおり加える。

「4 民訴法一九八条二項に基づく申立てについて

(一)  被控訴人らは、昭和五七年一〇月二六日仮執行宣言付きの原判決主文一項に基づき、札幌中央郵便局において、控訴人国の有する現金一八四五万五七五九円を差し押さえ、同日その取立てを了した。被控訴人らの右仮執行額の内訳は別表(一)のとおりである。

(二)  よって、控訴人国は、民訴法一九八条二項に基づき被控訴人らに対し、別表(一)の各被控訴人欄中の合計欄記載の各金員及びこれに対する仮執行の日の翌日である昭和五七年一〇月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める。」

17  同五八頁四行目全体を「2同2のうち、被控訴人段が昭和四三年四月三日、四日、五日に感冒で田宮医師を受診し、体温が同月三日にはセ氏三八度八分、四日にはセ氏三八度五分であったこと及び被控訴人靜子の経歴等が二3(二)(1)のとおりであることは認め、その余は争う。被控訴人靜子は、本件接種当日は三種混合ワクチンの接種目的で行ったもので、種痘は受付で勧誘されてしたものであり、問診は受けていないので勿論返答はしていない。なお、本件事故の原因が、控訴人国の予防接種(種痘)政策の過失にあり、原審相被告小川も控訴人国の定めた方針に従って接種を行い、予診の重要性、後遺症発生の危険性についてさして意に介することなく接種率を上げることのみに専念していたのであるから、仮に被控訴人靜子が被控訴人段の前日までの罹病の事実を申述したとしても、充分な予診が行われ、当日の接種が回避された可能性は極めて少ない。したがって、被控訴人靜子の過失を勘案するのは相当でなく、仮に過失相殺の適用があるとしても、被控訴人靜子の請求についてのみ考慮されるべきである。」と、五行目の「小樽市長」を「控訴人ら」と、六行目の「現在までに被告ら主張のとおりの」を、「別表(二)記載の各」とそれぞれ改め、七行目の「その余は知らない。また、」を削り、八行目末尾に次のとおり加える。

「後遺症一時金、後遺症特別給付金は控訴人国、同小樽市、原審相被告北海道が予防接種法による救済措置が未だ講じられていない段階で閣議決定により支給された見舞金であり、また、特別児童扶養手当、福祉手当、障害基礎年金は、種痘に限定せず一般的な疾病に対し支給されるものであるから、いずれも損益相殺の対象とはならない。障害児養育年金、障害年金は、予防接種法一九条二項に照らしあらかじめ損益相殺するべきものではない。なお、念のため付言するに、被控訴人段は、別表(二)の新制度欄記載の障害児養育年金及び障害年金の既給付分につき、これを同被控訴人の逸失利益から控除して請求している。

4 同4(一)の事実は認める。」

三  証拠関係は、原審及び当審(差戻前のものも含む。)記録中の証拠目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所は、被控訴人らの本訴各請求について、控訴人ら各自に対し、被控訴人段は三八九四万八一八三円、被控訴人達及び同靜子は各三〇〇万円並びにそれぞれ右各金員に対する不法行為である本件種痘のされた日の翌日である昭和四三年四月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決理由説示中に、「原告静子」とあるのを「被控訴人靜子」とそれぞれ改め、「被告小川」とあるのを「原審相被告小川」と、「被告東芝化学」とあるのを「原審相被告デンカ生研株式会社」とそれぞれ読み替える。

2  原判決六四頁四行目の「第五九号証、」の次に「第一三七号証の五ないし一〇、同号証の一二ないし一七、」を加え、五行目の「第四三号証、」を削り、同行の「第六五号証、」の次に「第九〇号証、第九五、九六号証、」を、同行の「同高橋武」の次に「、差戻前の当審証人中尾亨、同海老沢功」を、末行の「被告小川」の前に「医師である」をそれぞれ加え、同六五頁九行目の「あり、また軽い項部強直を」を削り、同六六頁二行目の「極」を「ごく」と、同行の「著名」を「著明」と、八行目の「いた」を「おり、臨床検査結果によると髄液所見として軽い細胞増多が認められた」と、一〇行目の「ガンマークグロブリン」を「ガンマーグロブリン」と、同六七頁一一行目の「背髄炎」を「脊髄炎」とそれぞれ改め、同六八頁二行目の「受け、」の次に「接種後脊髄炎と診断された。」を加え、同六九頁二行目の「同年」を「昭和四五年」と改め、六行目の「二四日まで」の次に「、」を加え、同行から七行目にかけての「三月四日まで、昭和五四年八月から現在までと」を「三月二四日まで、その後も相当な期間を経過するごとに」と改める。

3  同六九頁一二行目の「の運動障害」を「、昭和五六年四月二七日当時(約一三歳六か月)及び昭和五九年四月一四日当時(約一六歳六か月)の各運動障害」と改め、同七〇頁九行目の「状態であり、」の次に「また、昭和五六年四月二七日及び昭和五九年四月一四日当時のそれは、いずれも『日常生活上の言語疎通性はあるが、能力を超える質問に対しては破局反応を示す。基本的生活習慣は自立しているが、日常生活ではあらゆる面で支障があり、WISC式知能検査による知能指数は六一であり、精神年齢は推定五、六歳である。』という状態であり、」を、同行の「である」の次に「(なお、右のように、被控訴人段の知能指数は、昭和五五年三月一〇日当時は約二五であったのが、昭和五六年四月二七日当時には六一となっているが、前者は知能検査不能を前提としての数値であり、また、昭和五三年四月一八日当時の検査でも知能指数約四〇の数値がみられ、昭和五九年四月一四日当時の検査でも知能指数六一の数値がみられることからすると、右の数値の変動は、検査当時における被控訴人段の精神状態や検査方法の違いに起因するものと推定され、右の事実から、被控訴人段の知能程度が昭和五六年四月二七日及び昭和五九年四月一四日当時の水準を超えてその後さらに向上する可能性があるものと推認することはできない。)」をそれぞれ加える。

4  同七一頁九行目の「三一、」を削り、一一行目の「第一一九号証、」の次に「第一二九号証、」を加え、一二行目の「飯村」を「飯塚」と改め、同行の「北村敬」の次に「、差戻前の当審証人中尾亨」を加え、同七二頁七行目の「けいけれ」を「けいれん」と改め、九行目の「弛緩性麻痺」の次に「《ただし、けい性麻痺が入ってもよい。》」を加え、末行から同七三頁一行目にかけての「まれには脊髄炎型の症状を呈する」を「年齢の小さな者の場合には脊髄炎型の症状を呈することも少なくない」と、同行の「余後は、」を「予後は、純粋な」とそれぞれ改め、二行目末尾に「そして、これらの諸型の合併した症状もあり得ることは、以下の種痘研究班の調査でもその前提として承認されており、現にネルソンは広義の種痘後脳炎を右(1)ないし(3)及び脳脊髄炎型の四種に分類しているところである。」を加え、末行の「神経系合併症の」を「種痘合併症のうち神経系合併症と考えられる症例を収集して」と改め、同七四頁二行目の「サーベイランス」の次に「(監視・調査)」を加え、五行目の「考え方」を「指針」と改め、末行の「間の」から同七五頁一行目の「右両者」までを削る。

5  同七五頁八行目の「神経合併症」を「神経系合併症」と、同七六頁三行目の「ある」を「あり、ただ表面に現れてくる型が脊髄炎症であった」とそれぞれ改め、九行目の「脊髄炎型」の前に「脊髄炎型が脳炎型に進行することはなく、」を加え、末行の「まず」から同七七頁七行目の「認めていること」までを「年齢の小さな者の場合には広義の種痘後脳炎の諸型のうち脊髄炎型の症状を呈することも少なくなく、また、広義の種痘後脳炎について諸型の合併した症状もあり得ることは前示(原判決引用)のとおりであるところ、前記飯塚医師は、被控訴人段の症状について、純粋の脊髄炎型ではなく、軽い脳炎も潜在的に惹起されていた可能性があり、ただ表面的に現れてくる型が脊髄炎症であったと判断し(前掲証人飯塚の証言により認められる。)、また、感染症や疫学の専門家で内科医としての経験も長く昭和六〇年一二月被控訴人段を実際に診察した海老沢功医師も、被控訴人段の症状について、脳と脊髄とは連続している組織であり、症状が脊髄で停止してそこから上方の脳に進行しないということは考えにくく、脳の病変が表面に出てこない状態で徐々に進行した可能性もあり、市立小樽病院入院時の臨床検査で髄液所見として軽い細胞増多も認められること等からすると、脳脊髄炎と判断すべきであるとしており(前掲証人海老沢の証言により認められる。)、本件種痘当時被控訴人段は未だ生後六か月であったのであるから、一般的にみて知能障害の発生に気付きにくいこと」と改め、一一行目冒頭から同七八頁八行目末尾までを削る。

6  同七九頁九行目の「のみならず、」の次に「右高津鑑定は、もともと、本件種痘後比較的近接した時期の限定された資料のみから判断したもので、知能障害の残存がないことを前提としている等その正確性に疑問があり、その二次性脳脊髄炎の症状に合致しないとする判断部分は右飯塚証言及び海老沢証言と対比して採用することができず、また、」を加え、同八〇頁一行目から二行目にかけての「また、」から五行目末尾までを削り、九行目の「そして、」の次に「甲第七号証によれば、被控訴人段は、骨盤位牽出による分娩であり、分娩所要時間が八時間であったことが認められるが、」を、同行の「原告段の」の次に「昭和五四年二月二〇日」をそれぞれ加え、一二行目の「されるとしている。また」を「していることや」と、同八一頁一行目の「であつた。」を「であったことに照らすと、控訴人らの被控訴人段の知能障害は骨盤位牽出及び前記分娩所要時間が原因であるとの主張は採用することができない。また、」と、三行目の「いるのである」を「いることは前示(原判決引用)のとおりであり、前掲証人中尾の証言中には、右検査結果のうちポリオ3型の抗体価三二倍の数値は、当時被控訴人段が3型のポリオに似た感染を受けたことの証明になるとの供述があるが、他方で同証人は、右のような数値は体内で母体から受け継いだ抗体がこの時期まで続いていたことによるとも考えられる旨供述している上、前示(原判決引用)のように、被控訴人段の下半身麻痺は、ポリオの場合顕著にみられる弛緩性麻痺ではなくけい性麻痺であったことや、甲第一四号証及び乙第八号証の二によれば、本症状発生後まもなく被控訴人段を診察した飯塚医師及び北海道大学助教授山下格はいずれもポリオの感染を否定していることが認められることを併せ考えると、被控訴人段の障害がポリオによるものとも考えられるとの控訴人らの主張は採用することができない」とそれぞれ改める。

7  同八一頁六行目冒頭に「なお、前示のとおり《原判決引用》、被控訴人段が療養センターに度々入院して、その時々の発達段階に応じた治療、訓練を受けていることからすれば、被控訴人段の生活環境が閉鎖的となったことがその知能障害の原因であると考えられるとの控訴人らの主張は採用することができない。」を、八行目から九行目にかけての「乙第一一号証」の前に「甲第一〇号証、第五四号証、」を、一一行目の「朝里温泉整形外科病院」の次に「及び療養センター」を、八二頁六行目の「おいては、」の次に「本件種痘と被控訴人段の発症とが広義の種痘後脳炎としての合理的な期間内にあり、その症状は急激に明確な形で出現し、その経過及び詳細は同症に関する医学的知見と整合し、本件種痘の他には原因となるべきものが認め難いのであって、」を、同八三頁七行目末尾に「また、控訴人らは、本件において臨床検査が充分になされなかったのは、北海道による検査を被控訴人らが拒否したことによるのであるから、被控訴人段の各後遺障害と本件種痘との因果関係を判断する上でそのことを考慮すべきであるとも主張するが、一般に、被控訴人らが控訴人ら側からの臨床検査の要請に応じなければならない法的義務はないから、被控訴人らが臨床検査に応じるべき法的義務があったことについて控訴人らからの特段の主張立証のない本件においては、たとえ臨床検査結果に関する資料が不充分であったとしても、そのことをもって被控訴人らに不利益に扱うことは相当でないというべきであり、控訴人らの右主張も採用することができない。」をそれぞれ加える。

8  同八三頁九行目の「原告らは、」の次に「主位的請求において、」を加え、一〇行目の「ないし5」を「及び4」と改め、同八四頁六行目冒頭から同八八頁一〇行目末尾までを次のとおり改める。

「2 そもそも、本件種痘が予防接種法五条、一〇条一項一号所定の定期の予防接種として行われたものであることは当事者間に争いがないところ、前記三の事実(原判決引用)に、甲第一四〇号証、第一五六、一五七号証、第一六二号証、乙第一号証の一、同号証の三、四、第二二号証、第八三号証、第八九号証、第九四号証、第一二二号証、差戻前の当審証人海老沢功の証言を総合すると、次の事実が認められる。

前示(原判決引用)のとおり、被控訴人段の前記各後遺障害は、本件種痘に起因して重篤な副反応が惹起された広義の種痘後脳炎によるものと認められるところ、種痘を含む予防接種は、異物であるワクチンを人体に注入するものであって、何らかの副作用を惹起し、稀にではあってもその副作用によって本件のような重篤な副反応が発生することが避け難いのであるが、このような重篤な副反応の発生機序は未だ充分には解明されておらず、その発生を接種前に確実に予知し、これを未然に防止することは、たとえ個別接種の方法をとったとしても不可能な状況にある。このような状況のもとで、控訴人国は、予防接種について、限られた時間で多数に実施しなければならない集団接種を前提として、従来から重篤な副反応の発生する蓋然性があると経験的に考えられる特定の身体的状態を概括的に禁忌として定め(但し、禁忌事項のうちには、副反応と紛らわしい症状の発生を防止する目的や、予防接種が無効となることを防止する目的で定められたものも、一部含まれる。)、これに該当する者を原則として予防接種の対象から除外する行政上の措置を採ってきた。禁忌は、このように経験的なものを基礎としていることから、論理的経験的にみてそのすべてを網羅したものとはいいきれず(後記のとおり、上告審判決のいう個人的素因を有する者とは、右の網羅しきれず残った者を指すものと考えられる。)、したがって、たとえ禁忌者に対する接種を回避しても、重篤な副反応の発生を完全に回避することができるとはいえないが、その相当部分は回避することができると考えられる。そして、本件種痘当時、禁忌は、予防接種法一五条を受けて実施規則四条で次のように定められていた。『接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りでない。

一  有熱患者、心臓血管系、腎臓又は肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者

二  病後衰弱者又は著しい栄養障害者

三  アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者

四  妊産婦(妊娠六月までの妊婦を除く。)

五  種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者

六  急性灰白髄炎の予防接種については、第一号から第四号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘を受けた後二週間を経過していない者』

右定めは、一号ないし六号に該当する者を禁忌者として、禁忌者に対する接種を原則として回避する義務を課し、その前提となる禁忌者識別の手段として、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法による予診義務を規定したものである。そして、予防接種の実施方法については、昭和三四年一月二一日衛発第三二号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達『予防接種の実施方法について』をもって実施要領が通知され、その細部の取扱が定められているが、そのうち予診及び禁忌に関する定め(第一の九項。ただし、種痘に関係のない部分は省略する。)は次のとおりであり、それによれば、予診については、前記の各予診方法のうち、問診及び視診を第一段階のものとして位置づけている。

『1 接種前には、必ず予診を行うこと(実施規則第四条)。

2 予診は、まず問診及び視診を行い、その結果異常が認められた場合には、体温測定、聴打診等を行うこと。

3 予診の結果、異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は予防接種を行わず、必要がある場合は精密検査を受けるように指示すること。

4 予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては、当該予防接種に係る疾病の流行状況、被接種者の年齢、職業等を考慮し、感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが、この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで、あらかじめ、都道府県知事又は市町村長において一般的な処理方針をきめておくこと(実施規則第四条ただし書)。

5 禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。

6 多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に、禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配付して、接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易ならしめること。』

以上の事実が認められる。

ところで、最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決(民集三〇巻八号八一六頁)は、インフルエンザ予防接種を実施する医師は、接種対象者に異常な副反応が発生する危険を回避するため、慎重に予診を行って禁忌者を的確に識別する義務があり、予診の方法としては、実施要領に従い、まず問診及び視診を行い、その結果必要な場合のみ体温測定、聴打診を行えば足りるところ、予防接種を実施する医師が予診としての問診をするに当たっては、実施規則四条の禁忌者を識別するために、接種直前における対象者の健康状態についてその異常の有無を概括的、抽象的に質問するだけでは足りず、同条所定の症状、疾病及び体質的素因の有無並びにそれらを外部的に徴表する諸事由の有無につき、具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務があり、予防接種を実施する医師が、接種対象者につき実施規則四条の禁忌者を識別するための適切な問診を尽くさなかったためその識別を誤って接種をした場合に、その異常な副反応により対象者が死亡又は罹病したときは、右医師はその結果を予見し得たのに過誤により予見しなかったものと推定すべきであり、予防接種の実施主体側は、接種対象者の死亡等の副反応が現在の医学水準からして予知することのできないものであったこと、若しくは予防接種による死亡等の結果が発生した症例を医学情報上知り得るものであったとしても、その結果発生の蓋然性が著しく低く、医学上、当該具体的結果の発生を否定的に予測するのが通常であること、又は当該接種対象者に対する予防接種の具体的必要性と予防接種の危険性との比較衡量上接種が相当であったこと等を立証しない限り、不法行為責任を免れないものというべきである旨判示している。これは、前記のように、インフルエンザ予防接種による重篤な副反応の発生を接種前に確実に予知し、その発生を未然に防止することは不可能であり、重篤な副反応の発生を未然に防止するためには、禁忌者への接種の回避が最善の防止方法であるという現実を踏まえてされた判示であって、過失の推定ないし立証責任の配分に関する妥当な見解というべきであり、右判示の見解はそのまま本件種痘についても当てはまるものというべきである。

そして、右判示の見解に従って医師の過失の有無を判断するに当たっては、被接種者が接種時において禁忌者に該当していたことがその論理的前提となるところ、本件を当審へ差戻した上告審判決は、種痘によって重篤な後遺障害が発生した場合には、実施規則四条の禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当する事由を発見することができなかったこと、被接種者が右後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたものと推定すべきであるとする。この判示は、予防接種の異常な副反応により重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるが、ある個人が禁忌者に該当する可能性は、禁忌者として掲げられた事由に照らし個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいとの経験則を前提としているところ、差戻後の当審において右経験則の相当性について疑問を懐かせるに足りる立証はなく、むしろ、禁忌概念が、前記のように、これに該当する者を集団接種による予防接種の対象から除外する目的のもとに、予防接種により重篤な副反応の発生する蓋然性があると経験的に考えられる特定の身体的状態を概括的に定めたものであることに照らすと、右経験則には合理性があり、右判示の見解は差戻後の当審を拘束するものというべきである。したがって、被控訴人段は、予診が尽くされ、又は、個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、本件種痘時に禁忌者に該当していたと推定されることになる。

9 同八八頁一一行目の「本件種痘」から一二行目の「いたか」までを「右推定を覆すに足りる、実施規則四条の禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当する事由を発見することができなかったこと、被接種者が右後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められるか」と、同八九頁一行目冒頭から「経緯に」までを「(一) 被控訴人段が昭和四三年四月三日、四日、五日に感冒で田宮医師を受診し、体温が同月三日にはセ氏三八度八分、四日にはセ氏三八度五分であったこと及び被控訴人静子の経歴等が請求原因に対する答弁3(二)(1)のとおりであることは、当事者間に争いがなく、右事実に」とそれぞれ改め、同行の「甲」の次に「第七号証、」を加え、同行から二行目にかけての「第一二四号証の一、」を削り、二行目から三行目にかけての括弧書内部分を「第一、二回」と改め、同行の「直前」の次に「に至るまで」を加え、五行目冒頭から六行目の「原告段は」までを「被控訴人段は、在胎期間中及び分娩時を通じて格別の異常はなく、昭和四三年二月一九日感冒で田宮医師の診療を受けた以外は医師の治療を受けることもなく、生後の発育は順調であったが」と、七行目の「、迎いだ」を「仰いだ」と、九行目の「下熱」を「解熱」とそれぞれ改め、一一行目の「薬」の次に「(サイアジン、スルピリン、アリメジン《抗ヒスタミン剤》)」を、同九〇頁四行目の「薬」の次に「(薬剤は前同様)」を、同行の「もらった」の次に「(四月三日、四日、五日の田宮医師での受診、三日、四日の体温については、前記のとおり争いがない。)。被控訴人静子は、その際、田宮医師に対し、四月八日(月曜日)に被控訴人段に予防接種を受けさせてよいかを質問したところ、当日熱がなければ受けさせてもよいとの回答を得た」をそれぞれ加え、五行目冒頭から八行目の「ところ」までを「その後、被控訴人静子が被控訴人段の検温をしてみると」と改め、「同九一頁二行目末尾に「なお、被控訴人静子は、小樽市医師会付属准看護婦養成所に通所して昭和三五年に准看護婦の資格を取得したが、その前後を通じて昭和三二年から昭和四一年まで約一〇年間にわたって小樽市内の内科病院に准看護婦ないしはその見習として勤務し、予防接種の実施にも従事し、そのため種痘の禁忌事項についても知っていた。」を加え、三行目の「右認定」から同九八頁一行目末尾までを削る。

10 同九八頁二行目の「ところで」を「そして」と改め、同行の「第二一号証、」の次に「第一六二号証」を、同行の「乙」の次に「第一号証の四、第一三号証の一、」をそれぞれ加え、同一〇〇頁一一行目の「その際に」を「なお、原審相被告小川が接種する際には」と、同一〇三頁八行目の「同人が」を「被控訴人静子において」とそれぞれ改め、一一行目末尾に「なお、差戻後の当審証人黒田綾子は、本件種痘の実施会場には保健婦が三名おり、また、受付係の職員及び消毒係の保健婦は、いずれも被接種者の健康状態について、右認定を超え、より具体的な質問をした趣旨の供述をするが、前掲甲第二〇号証及び原審相被告小川の供述と対比して信用することができない。」を加え、同一〇四頁九行目の「3」を「(一)」と、一一行目の「軽信」を「判断」と、同一〇五頁二行目の「3」を「(一)」とそれぞれ改める。

11 同一〇七頁二行目の「に際し」の次に「、禁忌者を識別するために必要とされる」を、同行の次に行を改め次のとおりそれぞれ加える。

「最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決が、医師がインフルエンザ予防接種を実施するに際しては、接種対象者に異常な副反応が発生する危険を回避するため、慎重に予診を行って禁忌者を的確に識別する義務があり、予診の方法としては、実施要領第一の九項に定められたように、まず問診及び視診を行い、その結果必要な場合のみ体温測定、聴打診を行えば足りるのであるが、右問診をするに当たっては、実施規則四条の禁忌者を識別するために、接種直前における対象者の健康状態についてその異常の有無を概括的、抽象的に質問するだけでは足りず、同条所定の症状、疾病及び体質的素因の有無並びにそれらを外部的に徴表する諸事由の有無につき、具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務がある旨を判示していることは、前示のとおりであるが、右判決はさらに敷衍して、その質問方法に関し、集団接種の場合には、時間的、場所的制約があるから、すべて医師の口頭質問による必要はなく、質問事項を書面に記載し、接種対象者又はその保護者に事前にその回答を記入せしめておく方法(いわゆる問診票)や、質問事項又は接種前に医師に申述すべき事項を予防接種実施場所に掲記公示し、接種対象者又はその保護者に積極的に応答、申述させる方法や、医師を補助する看護婦等に質問を事前に代行させる方法等を併用し、医師の口頭による質問を事前に補助せしめる手段を講じることは許容されるが、医師の口頭による問診の適否は、質問内容、表現、用語及び併用された補助方法の手段の種類、内容、表現、用語を総合考慮して判断すべきである旨判示している。右判示は、直接にはインフルエンザ予防接種を実施する医師の過失責任の判断をする際の、禁忌者識別のため尽くされるべき予診の程度について述べたものであって、実施要領の定めにも合致し妥当なものと認められるところ、インフルエンザ予防接種と種痘、また過失責任判断の場合と禁忌者該当性判断の場合とで、尽くすべき予診ないし問診の程度及び内容を異別に解しなければならない道理はないから、右の見解は、本件種痘に当たり禁忌者推定を覆すに足りる予診が尽くされたか否かを検討するに当たっても、同様に当てはまるものというべきである。そこで、右見解に照らし、以下検討する。」

12 同一〇七頁一〇行目の「原告段に」から一一行目の「するための」までを「実施規則四条所定の症状、疾病及び体質的素因の有無並びにそれらを外部的に徴表する諸事由の有無につき、具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような」と、同一〇九頁二行目の「原告」から九行目の「認められる」までを「被控訴人静子が准看護婦の経験を有し、予防接種の禁忌事項に関する知識を有していたことは前記(一)のとおりである」とそれぞれ改め、同一一〇頁五行目の「原告静子」から八行目の「から、」までを削り、一二行目の「九」を「六」と、同一一一頁九行目の「原告段に」から同行から一〇行目にかけての「するための」までを「禁忌者を識別するために必要とされる」とそれぞれ改める。

13 同一一一頁一行目の「以上」から五行目の「考えると、」までを削り、一一行目冒頭から同一一二頁一〇行目末尾までを次のとおり、一一行目の「6」を「5」とそれぞれ改める。

「(四) 次に、前記(原判決引用)(一)、(二)に説示したところに基づいて、被接種者が右後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められるか否かを検討する。

前記(原判決引用)(一)の事実に、甲第一五六号証、差戻前の当審証人海老沢功の証言を総合すると、被控訴人段は、昭和四三年四月三日朝発熱し咽喉が発赤していたので、田宮医師を受診し感冒と診断されたが、同医師の診断は検査等に基づかない一応のものであって、発熱や咽喉発赤の原因となった疾患は確定的な形では把握されておらず、本件種痘当日朝における被控訴人静子の観察では、被控訴人段は熱もない様子で大体治ったように見受けられたとはいうものの、田宮医師の処方・調整した薬を少なくともその前日までは服用している上、当日の体温も検温の結果によるものではないことを併せ考えると、その時点において右原因疾患が完全には治癒していなかったことや他の疾患に罹患していたことも、可能性としては否定することができないものと認められる。そして、差戻後の当審においても、それらの点をより明確にする何らの立証もないことを考慮すると、上告審判決が説示するように、被控訴人段が本件種痘時に禁忌者に該当していなかったと断定することはできず、被控訴人段が、本件種痘当時、前記各後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情を認めることもできないというべきである。

(五)  以上によれば、被控訴人段について、禁忌者推定を覆すに足りる、実施規則四条の禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当する事由を発見することができなかったこと、被接種者が右後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情を認めるに足りないから、被控訴人段は、本件種痘時に禁忌者に該当していたと推定されることになる。

4  そこで、次に、前記2(原判決引用)に説示した観点にたって、原審相被告小川の過失の有無について検討するに、右3において認定及び説示したところからすると、原審相被告小川は、被控訴人段に本件種痘を実施するに当たり、実施規則四条の禁忌者を識別するための適切な問診を尽くさなかったため、その識別を誤って接種をしたことになるから、右2掲記の例外的事由の存在が認められない限り、その異常な副反応により被控訴人段に前記各後遺障害が発生することを予見し得たのに過誤により予見しなかったものと推定すべきことになる。

そこで、右の例外的事由の存在が認められるか否かについて検討するに、前記二及び三(原判決引用)の事実に照らすと、被控訴人段に発生した前記各後遺障害が当時の医学水準からして予知することのできないものであったとは到底いえないし、その発生の蓋然性が著しく低く、医学上その発生を否定的に予測するのが通常であったともいうことができない。また、本件全証拠によるも、本件種痘当時、わが国において痘そうが流行する危険があったとか、被控訴人段の身体状況から特に種痘を実施する必要があったことを認めるに足りる証拠はなく、その他、被控訴人段に対する種痘実施の具体的必要性と種痘実施による危険性との比較衡量上接種が相当であったことを認め得る何らの証拠もない。

そうすると、原審相被告小川は、被控訴人段に本件種痘を実施するに当たり、その異常な副反応により被控訴人段に前記各後遺障害が発生することを予見し得たのに過誤により予見しなかったものと推定すべきである。」

14 同一一二頁末行冒頭から同一一五頁一〇行目末尾までを削り、一一行目の「六」を「五」と、末行及び同一一六頁一行目の各「7」を「5」とそれぞれ改め、八行目冒頭から同一三六頁一〇行目末尾までを削り、一一行目の「九」を「六」と改め、同一三七頁五行目の「証人」の前に「第九〇号証、第九六号証、」を加え、同一三八頁五行目の「就労して」から同一三九頁五行目末尾までを次のとおり改める。

「就労することができたものと認められる。

そのうち、一八歳時から本件口頭弁論終結時点(平成六年七月)の二六歳時までは、少なくとも毎年、一八歳時である昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者(全年齢)平均賃金四二二万八一〇〇円と、平成二年(同三年版)賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者(全年齢)平均賃金五〇六万八六〇〇円とを平均した額である四六四万八三五〇円程度の収入を取得することができたものと推認される。そこで、右の額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件種痘当時までの年五分の割合による中間利息を控除してその当時における現価を求めると、次のとおり一二四八万三六〇八円となる。

4,648,350円×(14.3751−11.6895)=12,483,608円

(円未満切捨て、以下同じ)

また、右時点以降六七歳時までは、平成二年(同三年版)賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者(全年齢)平均賃金五〇六万八六〇〇円を取得できたものと推認されるから、右の額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件種痘当時までの年五分の割合による中間利息を控除してその当時における現価を求めると、次のとおり二四六五万三一六三円となる。

5,068,600円×(19.2390−14.3751)=24,653,163円

(円未満切捨て、以下同じ。)

そして、右各金額を合計すると、三七一三万六七七一円となる。」

15 同一四〇頁五行目冒頭から同一四一頁四行目末尾までを次のとおり改める。

「そして、被控訴人ら主張に係る平成元年簡易生命表によれば、本件口頭弁論終結時点における被控訴人段と同年齢である二六歳男子の平均余命は51.00歳であるから、被控訴人段は少なくとも本件種痘後(生後六か月時)まもなくから被控訴人ら主張に係る七五年間にわたり付添看護を必要とするものと認めるのが相当であり、右介護に費やされる労務を金銭に換算すると、介護開始時点から本件口頭弁論終結時までは年に一二〇万円の、それ以後の期間については年に一八〇万円のそれぞれ介護費用を要すると認めるのが相当である。これらの額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件種痘当時までの年五分の割合による中間利息を控除してその当時における現価を求めると、次のとおり二六四四万七七六〇円となる。

口頭弁論終結時までの分

1,200,000円×14.3751=17,250,120円

口頭弁論終結後の分  1,800,000円×(19.4849−14.3751)=9,197,640

総額  17,250,120円+9,197,640円=26,447,760円」

16 同一四一頁一二行目及び同一四二頁五行目の各「請求どおり」を「本件記録に顕れた一切の事情(ただし、後記過失相殺の点を除く。)を考慮すると」とそれぞれ改め、二行目から三行目にかけての括弧書部分を削り、同一四三頁一一行目の「そして」から末行から同一四四頁一行目にかけての「考えられ」までを「確かに、高度の専門的知識を有する原審相被告小川の質問が、被接種者の接種時点における健康状態を確認するかのような抽象的な問いを発したに止まるのであるから、被控訴人静子において、被控訴人段の四月三日以降の症状について申述することに思い及ばなかったことも分からないではなく、ましてや、被控訴人静子がその三日前に田宮医師から熱が下がっていれば接種を受けても構わない旨の説明を聞いていたことからすれば尚更である。しかしながら、接種医師の問診の仕方や内容が充分でないときは、それが過失を構成することになるとはいえ、予防接種の集団接種においては、相当数の被接種者に一定の時間内に接種することが求められている以上、予診にかける時間には自ずから制約があることから、前記のような(原判決引用)掲示がなされ、あるいは問診票(ただし、本件の接種時点においては、制度として採用はされていなかった。)による問診の補充等がなされているのであり、被接種者側においてこの掲示の内容をしっかり把握し、また、問診票に正確な記入をすること等によって医師の予診に協力することが期待されていることは否定できず、これによって、より高い確度で禁忌と非禁忌を識別し、副反応を回避することが容易になるものと考えられる。しかるところ、被控訴人段の当日までの心身状況を最もよく知っていたのは他ならぬ被控訴人静子であり、しかも、同被控訴人は、予防接種につきかなりの知識を有していた上、被控訴人段が前記のような身体状況にあったため、接種三日前の時点で予防接種を受けることについて若干の危惧を抱いていたのであるから、被控訴人静子が、前記掲示を見落とすことなくこれを読んだ上で、あるいは、これを読まなくとも、原審相被告小川の問診の過程で被控訴人段の数日前の症状を申述することは、決して困難ではなかった筈である。このように見てくると、原審相被告小川の予診に充分でない点があったとはいえ、このことを述べていれば、原審相被告小川もおそらく被控訴人段に対する当日の種痘は実施しなかったものと認められる。」と、九行目の「二割」を「一割」とそれぞれ改め、同一四五頁五行目の「乙第七二号証」の次に「、第一二〇、一二一号証、第一二三号証及び差戻前の当審証人海老沢功の証言」を加える。

17 同一四五頁一二行目冒頭から同一四八頁九行目末尾までを次のとおり改める。

「(一) 控訴人らが被控訴人らに対し別表(二)記載の各給付をしたことは、当事者間に争いがなく、そのうち障害児養育年金及び障害年金の給付額合計二二三三万一二〇三円を被控訴人段の損害額から控除することは、被控訴人らにおいて自認するところであるから、右金額を被控訴人段の逸失利益ないし付添介護費から控除する。

(二) 次に、弁論の全趣旨によれば、右各給付のうち、後遺症一時金、後遺症特別給付金、特別児童扶養手当、福祉手当は、いずれも被控訴人段請求に係る逸失利益ないし付添介護費と同一の性質を有し、相互補完の関係にあるものと認められ、障害基礎年金の既給付分は損害填補の性質も有するところである。したがって、その合計額八九四万六六九一円を被控訴人段の逸失利益ないし付添介護費から控除する。

(三) さらに、控訴人らは、障害年金、障害児童養育年金及び障害基礎年金に関しては、将来給付分についても損害額からの控除ないし履行の猶予がされるべきであると主張するが、それらについては履行が確実であったとしても、現実に給付がされていない以上、そのような将来の給付額をあらかじめ損害額から控除するのは相当ではなく、また、履行の猶予についても、そのような取扱いをすべき法律上の根拠に乏しく、右各主張はいずれも採用することができない。

6 被控訴人らの損害額

(一) 過失相殺による減額

被控訴人段、同達及び同静子の前記認定の損害額についてそれぞれ一割の過失相殺をすると、その損害額は、被控訴人段につき六六二二万六〇七七円に、同達及び同静子については各二七〇万円となる。

(二) 損益相殺の法理による控除後の被控訴人段の損害額

被控訴人段の損害額は、過失相殺後の損害額合計六六二二万六〇七七円から前記5(一)(二)による損害填補額合計三一二七万七八九四円を控除した三四九四万八一八三円となる。

(三) 弁護士費用

本件訴訟の経緯、事案の難易、その認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある損害は、被控訴人段について四〇〇万円、被控訴人達及び同静子について各三〇万円と認めるのが相当である。」

二 以上によれば、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、被控訴人らの附帯控訴に基づき、原判決の控訴人らに関する部分を右のとおり変更することとするが(なお、被控訴人らの控訴人国に対する予備的請求は、主位的請求の全部若しくは一部が認容されることを解除条件とするものと解されるから、これについては判断しない。)、上告審判決により差戻後の当審に係属すると解される(最高裁昭和六二年一二月一七日第一小法廷判決、裁判集民事一五二号二八一頁参照)控訴人国の同法一九八条二項に基づく申立ては、原判決が被控訴人らに不利益に変更されないことを解除条件とするものと解すべきであり、(最高裁昭和五一年一一月二五日第一小法廷判決、民集三〇巻一〇号九九九頁参照)、本判決における前記変更は右不利益に変更されない場合に当たるから、これについては判断しない。よって、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言の申立てについては同法一九六条一項を適用して右認容金額の各二分の一の限度で仮執行宣言を付し(被控訴人らは、仮執行宣言付きの原判決に基づき被控訴人らの主張4(一)《原判決引用》のとおり仮執行をしたが、差戻前の控訴審判決の仮執行宣言付きの返還命令に基づき右仮執行にかかる元本及び遅延損害金を控訴人国に返還しているところ、被控訴人らは右返還金について同法一九八条二項に基づく申立てをしなかったから、右返還部分については本判決が確定したときその確定判決に基づき再度執行すべきであって、本判決が維持する原判決の仮執行宣言に基づく再度の仮執行は許されないものと解される。したがって、本判決に基づく仮執行《そのうち原判決が付した限度では原判決に基づく仮執行》は、現実には、右認容金額の各二分の一について原判決に基づく仮執行により支払ずみとされた部分を除く残額の範囲内においてのみ可能である点を考慮して、仮執行の限度を前記のとおり右認容金額の各二分の一としたものである。)、なお、控訴人国の申立てにかかる仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮本増 裁判官河合治夫 裁判官小野博道)

別表〈省略〉

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